第十一話








「二人〜!!なぁなぁなぁなぁ来週の日曜日、暇!?」

「…………」

「なぁなぁなぁなぁ暇!?」

「…………」

「なぁなぁなぁ……」

「だぁーッうるっせぇな!!今真剣なの!!」

 
そう言って声をあらげたのは、目の前にあるフルーツの模型を丁寧に模写していたブルータス。美術の課題の静物画だ。確かに一生懸命描いていたらしく、キャンバスに描かれたフルーツは描き込まれ過ぎて真っ黒になっていた。
隣で同じくキャンバスに鉛筆を走らせていたカシウスが顔にかかる髪をうっとうしそうにかきあげながら目線をあげた。
 

「……聞き耳、うるさい」

「あっ何スかその言い方ー!!大体、まともに絵描いてるやつなんていないッスよ。そんなんパパッと描いちゃえばいいッス」

「で、何だよ」
 

聞き耳のせいで集中力が切れたのか、ブルータスがキャンバスを机に置いて問いかけた。元来彼には集中力というものがあまりない。
 

「来週の日曜日、暇ッスかぁ?」

「日曜ね……カシウスと図書館でも行こっかって話してたけど……」

 
ブルータスはカシウスに目線を送った。カシウスは首を傾げた。
話に出ただけでまだ決まっていない予定だった。とりあえず二人とも暇だったので何かしら予定を作ろうとしていたところだった。
曖昧なブルータスの返事を聞いて、聞き耳は身を乗り出した。

 
「じゃぁ、遊園地、行かないッスか!?女の子3人と、俺ら3人で」

 
遊園地、という言葉にブルータスの顔がパッと明るくなった。彼はアトラクションが大好きなのだ。物静かなカシウスに合わせて、図書館などにも慣れようと奮闘しているが、やはり体を動かして騒げるところの方が好きだった。
 

「遊園地かぁ!それいいな。カシウス、どうする?」

「……俺は、いいや。絶叫系苦手だし、きっとほとんど乗れないから……」

 
ブルータス行ってきなよ、とニコリと微笑むと同時に、なぜかカシウスの脳天に強烈なチョップがお見舞いされた。

 
「おい!!聞き耳、てめぇカシウスに何すんだッ(怒)」

「わぁー!!待った待った!!ちょっと、カシウス!耳貸すッス!!」

 
ブルータスに思い切り襟首を捕まれ、慌てふためきながらも聞き耳はカシウスにちょっとこい、と手招きした。チョップされたところを擦るカシウスは涙目だった。
 

「……何?(泣)」

「あんたも来なきゃダメッスよ!!」

「……はぁ?何で……俺遊園地とか疲れちゃうし……」
 

聞き耳は再びチョップをかました。ただし、ブルータスにバレないように控えめに。(←小心者)
 

「……痛いからー!!(泣)」

「あんたが遊園地来なかったら、もっと痛い目見るんスよ!!いいッスか、実は、ポルキアが来るんス」

「……ポルキアが??」

「そうッス!!きっと今回の遊園地でブルータスといい感じになろうとしてるに違いないッス!!」

「……え」
 

カシウスの表情が曇る。
聞き耳の肩越しに、イサベル、エレーヌと楽しそうに話しているポルキアが見えた。
彼女が嫌いなわけではない。寧ろ、他の女子のように下らないことで騒いだり、噂話に舞い上がったりしない堅実な彼女には好感すらいだいているほどだ。
だがそれはどの男子にとっても同じなのである。ポルキアはその性格はもちろん、可愛らしい容姿も手伝って、このクラスではマドンナ的存在だった。ただ、彼女の方では異性にあまり興味はないらしく、自分から積極的に話しかけに行ったりはしない。話しかけられたにしても、社交辞令程度に二、三言交わすのみなのだ。

だが、最近、ブルータスに対してだけはポルキアの態度が違うように見られた。
聞き耳も敢えてポルキアの名前を出してくると言うことは、カシウスの勘違いではないらしい。
 

「……やっぱりポルキアってブルータスのこと……」

「それ、確実ッスよ。だってだから俺、イサベルにブルータスを誘えって言われたんスよ。そこで親切な俺がカシウスも誘ってやってるんじゃないッスか!!」

「……そっか……」

 

カシウスは数日前のことを思い出していた。
 
お昼休みの時。ポルキアの色とりどりのお弁当を見てブルータスが言ったのだ。
 

『お、ポルキアそれ自分で作ったの??具沢山じゃん。具をグッと入れろってか?ハハハ』
 

…………。
 

最低のギャグに、てっきりポルキアは怪訝な顔をするかと思っていた。ところがカシウスの思惑に反して、ポルキアは頬を赤く染めて、はにかむように微笑んだのだ。
その表情は、まさに恋する乙女のものだった。

ポルキアがブルータスに好意を寄せている。だがそれ以前に、ブルータスのくだらないギャグに、笑ってあげられる人間が自分以外にもいるということはショックだった。
只でさえ男子生徒のマドンナであるポルキア。彼女がさらにブルータスのちょっとお馬鹿な部分も自然と受け入れられるような人間だったら。ブルータスだって悪い気はしないだろう。それどころか……。
 

「で、カシウス、もちろん行くッスよね!?」
 

聞き耳の言葉でハッと我に帰った。
行かないほうが良い、ような気がした。
大体男女で遊園地なんて、何かしら恋愛要素が絡むものだ。ましてイサベルがポルキアとブルータスをくっつけようとしているのなら、自分の望まぬ光景を見なければならないことは明らかだ。
ポルキアは良い子だし、可愛いし、ブルータスにはお似合いだ。仕方ない。自分はブルータスの親友であって、恋人ではない。文句を言う筋合いはないし、むしろ祝福すべきなのだ。
だが、彼らを祝福するどころか、暖かく見守ることだって自分にはできないことを、カシウスはわかっていた。
敢えて二人の関係が深まる様を、間近で見たくはない。そうなれば、自分は間違いなく傷つく。
でも……。


「……うん。行こうかな……」

「よっし!じゃぁ、イサベルたちにも伝えとくッス!」


そう言って聞き耳は二人の元を離れていった。
カシウスは小さくため息をついた。
どうして自分はこうなんだろう。二人が仲良くしているところなんて見たくはないのに。
でも、それでも、自分が一番ブルータスに近い存在でいたいんだ。


「カシウス、いいのか?聞き耳になんか言われたんだろ?」


聞き耳と話し込んだ後、どうにも憂鬱な表情になっているにも関わらず、遊園地に行くと言ったカシウスを不思議に思ったらしいブルータスが話しかける。
心配しているような、納得がいかないような、なんともいえない表情だった。


「……ううん、ほら、女の子3人だからさ、俺いないと奇数になっちゃうからって。それに、話聞いたら、俺も乗れそうなの、結構あるみたいだし」


最もな理由。女3人と男2人で遊園地に行く奴らなどまずいない。
ブルータスはまだ納得のいっていないような瞳で「ふーん」と言っただけだった。







日曜日。
都内ではそこそこ人気のある遊園地のチケットカウンターの前には既に女性陣が三人到着していた。イサベル、エレーヌ、そしてポルキアの三人である。
待ち合わせは午後1時。その時間より大分早いためか、男性陣はまだ来ていない。

週に二度の休日は、飽きるほど着ている制服を脱いで、自分なりのおしゃれを楽しめるチャンスである。
イサベルは流行のふんわりしたチュニックにショートパンツ、エレーヌは薄ピンクのアンサンブルに白のスカートでいかにもお嬢様らしい。ポルキアは初夏に相応しい、肩出しの淡い花柄ワンピースだった。


「ポルキア、気合はいってんじゃん!」

「やだ、そんなことないわよ」

「そのワンピース、とってもかわいいですわ」


エレーヌの言葉にポルキアは一言ありがとうといった。
花柄のワンピースはポルキアに良く似合っていた。イサベルは密かに羨ましく思った。元々色黒だし、あまり大人びて見えるわけでもない。それよりも、まさに今が楽しくてしょうがないといった感じの女子高生らしい容姿のイサベルは、あんなワンピース自分には着れないだろうなぁ、と少し寂しいような気持ちになった。
ポルキアは可愛い。だた可愛いというのだけでなく、何か突き抜けたような透明さを持ちあわせた可愛らしさだ。彼女の身に着けるものもどこか透き通った繊細さを持っていて、それが彼女の透明感をより際立たせるのだ。白い肌に長い睫、嫌味のない笑顔に、肩に流れる柔かい髪。
あんな風になりたい。イサベルだけでなく、女子ならば誰もが思うことだった。


「マジ、ブルータスも即効落ちるんじゃん?」

「あら、どうしてブルータスなの?」

「だってポルキア、ブルータスのこと好きでしょ」

「好きって……」

「見てりゃわかるってー」


イサベルに畳み掛けるように言われ、ポルキアは黙ってしまった。
不快そうな顔でもない。むしろずばり言い当てられて何も言えなくなってしまったような顔だ。


「ま、あたしたちに任せなよー!上手く二人っきりにしてあげるからさ♪ね、エレーヌ」

「えぇ、もちろんですわ。お二人はとってもお似合いですもの」

「お似合いだなんて……ブルータスに悪いわ」


先ほどのイサベルの言葉を否定するのも忘れ、ポルキアはほんのり頬を赤らめた。



それから暫らくして、待ち合わせの時刻になった頃、男性陣も到着した。既にチケットの列に並んでいたイサベルたちに合流する。思いのほか女性陣が早く来ていたことに、三人とも驚いたような顔をしていた。


「なんだ、早かったな。女の子を待たせるなんてしたくなかったんだけどなぁー」

「うわ〜ブルータス、何かっこつけてんスか。遅刻したくせに」

「お前もだろ!!(汗)」


ブルータスと聞き耳が言い合っているのを見て、ポルキアはくすくすと笑った。
チケットを人数分確保したイサベルが振り返る。


「いいんだよ。私たちが早く来ただけなんだから。……それにしても、カシウスってほんと、いいとこのお坊ちゃんみたいよね」


ブルータスの後ろに控えていたカシウスを見てイサベルが言った。黒いタイつきブラウスに、スキニーデニムという出で立ちのカシウスは、そうかな、と首をひねらせた。服がどうこうよりも、元々物静かで、落ち着いた雰囲気を持っているカシウスは、周りからそう思われることが多い。本人はただ喋るのが苦手で、必然的に無口になってしまっているだけなので、そう思われることは不思議な気持ちがした。


「でも、そのブラウスとっても可愛いわ。カシウスってセンスあるのね」


首をかしげながら、ブラウスのボウタイをいじっていたカシウスにポルキアが言った。褒められて悪い気はしなかった。ありがと、と控えめに返事をすればポルキアはにこりと微笑んだ。
カシウスは妙な気持ちになった。
ポルキアと一緒にいたら、楽しいんだろうな。
きっとブルータスだって……。


「ほらほら、行こう!見てよ、あれ!やばくない!?」


イサベルの指差す先には急降下するコースター。降りた先には大きなループが待っていた。乗客の悲鳴がここまで聞こえてきて、カシウスは青ざめた。ポルキアどころではない……かもしれない。

先頭を行くイサベルに続いて、入り口の門をくぐる。あらゆる方向に道が伸び、あちらこちらに様々なアトラクションがあった。エレーヌがパンフレットをガサガサと広げた。


「どこに行きましょうか。やっぱりまずはあのジェットコースター……」

「ちょっと待った!」


カシウスにとって恐ろしいことを言いかけたエレーヌをイサベルが制した。カシウスの心臓はさっきから大きく鳴りっぱなしだった。乗る前からこんなにスリリングでは先が思いやられる。……しかし、エレーヌが、絶叫系が平気とは意外だった。いかにも怖がって乗れなさそうなタイプなのに、人は見かけによらない。


「折角だしさ、二人ずつペアになろうよ♪」

「ペア!?ハァ!?意味わかんないッス!!頭おかしいんじゃないッスか!!」

「そ…そこまで言うことないじゃない(汗)いいじゃん。おもしろそうじゃん♪」

「それって、あれなんじゃないッスかぁ、男女ペアでトリプルデートみたいな……」

「ピンポーン♪ほら、あんたたちでグッチョッパしてよ。こっちもやるから」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待つッス!そんな不健全なことしたくないッス!な、ブルータス!」

「はぁ?俺?俺は別に……」

「だぁぁーーー!とにかく、そんなイヤラシイことはダメッス!」

「何必死になってんのよ……(汗)」


そういうことか。カシウスは納得した。きっとそれで女性陣が早く来ていたんだろう。
ポルキアとブルータスを二人きりにさせる作戦でも練っていたのではないか。
そう考えると、ブルータスとポルキアの仲を心配している自分が馬鹿らしくなってきた。皆ブルータスとポルキアのことを応援しているのに。自分はなにをやっているんだろう。
……ちなみに今聞き耳が必死でブルータス&ポルキアくっつけ作戦を阻止しようとしていることをカシウスは見落としている。


「じゃぁ、せめて皆でグッチョッパにするのはどうッスか!?」

「えぇー……」


やはり何か作戦があったのか、イサベルは不満げな顔をした。


「だって、よく考えるッス!イサベルだって彼氏いるじゃないッスか!いいんスか!?」

「フランシスコは大丈夫よ(きっぱり)」

「え!?(汗)じゃ…じゃぁ、エレーヌだって一個上のエミリオさんと付き合ってるんスよ!?こんなちゃらいことしてたなんて知ったら、エミリオさん悲しむッス!」


聞き耳にしては筋の通ったことを言った。確かに精神的に打たれ弱いエミリオが知ったら、三日三晩は枕をぬらすかもしれない。エレーヌは少し困ったように眉を寄せた。しかし、ポルキアのこともあるので、やっぱりやめようとは言い出しにくいようだ。イサベルも同じだった。女性陣は、どうしようか、と顔を見合わせていたが、そこに割って入ったのはブルータスだった。


「ま、いいじゃん。みんなでやれば。エミリオさんのこともあるし、皆でやったほうが楽しいって!」


……果たして彼が自分の言葉の意味を理解しているのかは疑問である。明らかに皆でやったらより楽しい♪というものではないが、当のブルータスに言われては仕方がない。イサベルは短く息をはくと、もうどーにでもなれ、というように了承した。








「…………」

「…………」


「じゃ、行くか」

「えぇ」


「何乗るー?やっぱあれ行く?」

「そうですわね。何回か乗りたいですし」


「…………」

「…………」


六人が二人づつペアになり、先ほどの言い合いもすっかり忘れたかのようにそれぞれ歩き出していた。


「…………聞き耳、どこ行こうか」

「ハッハッハ〜いやぁ〜まさかこうなるとは……(汗)」


イサベルとエレーヌ、聞き耳とカシウス、そして、ブルータスとポルキア。
まさかこうなるんじゃないか、と頭の片隅で危惧していた結果となった。文句を言っても仕方がないし、まして言える立場ではないので、カシウスは気持ちを切り替えてパンフレットを眺めた。
後ろから、ブルータスの声と、ポルキアの笑い声が聞こえた。今日の服可愛い、とかなんとか。
そんな風に女の子に気を使える奴だっけ。知らず知らずのうちにカシウスは眉間に皺を寄せていた。


「あらら、なんかあの二人いい感じッスね……。どうする?カシウス」

「……どうするって、どうしようもないよ」

「バカシウス!ほら、追いかけるッス!」

「(……バ、バカシウス?/汗)……何、追いかけるって、そんなんいいよ」


言うが早く、聞き耳はカシウスの手をとってブルータスたちの後を追った。カシウスは戸惑いながらも文句を言ったが、その手を振り払いはしなかった。結局のところ、自分も気になるのだ。ブルータスとポルキアはどの乗り物を選ぶのだろう。何を話すのだろう。どんな風に見つめあうのだろう。
ブルータスの一番の理解者であるつもりなのに、心の中ではこんな風に考えてしまう自分に呆れる。馬鹿らしい。今なら自分を罵る言葉がいくらでも出てきそうだった。

聞き耳とカシウスは、目的の二人から一定の距離をとって様子を伺っていた。
何か冗談を言ったらしいブルータスに対して目を細めて笑うポルキア。手こそつないでいないものの、二人は傍目には恋人同士のように見えた。……対して、こそこそと付け回る男二人組の自分たちは傍目には一体どういう目で見られているのだろうか、とカシウスはちょっぴり不安になった。

ブルータスとポルキアの向かう先にはくるくる回るコーヒーカップ。二人になれるし、まわす速度によってはゆっくり話もできる。いいチョイスだ。


「よっし!俺らも乗るッス」

「……さすがにバレないかな……(汗)」

「大丈夫!俺に作戦があるッス」


自身ありげに聞き耳はにやりと笑った。そっか、と安心するカシウスだったが、彼の作戦が上手くいったためしがないことはすっかり忘れていた。